清水健介について Profile

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誰でも頭をぶつけたり、どこかを強く打ったり、お腹が痛かったりすると、自然にその場所に手がいきます。また子供の時、お母さんやお父さん、あるいは他の誰かに痛いところをさすってもらって、楽になった経験は誰しもあるはずです。

日本語には「手当て」という言葉があり、今では病気やけがの処置を指しますが、元々は言葉どおり「手を当てて治す」ことが語源であることは間違いないでしょう。

世界各地の伝承には、神代の時代から、手を触れることで人を癒した方達の記録が記されています。中には伝説化するために作られた話も多々あるでしょうが、その全てが嘘だとはとても思えません。

私達の「手」には本来誰にでも「癒し」の力が備わっています。手を当てることは、治療の技術が発達するはるか以前、恐らく我々が初めて火を使い始めた時代からの、最古の治療法であったはずです。

この「手」を磨き、「心」を磨くことによって、「癒し」の技を追求する我々は、この最古の治療法の系譜に属する者であり、もっと自分達の仕事に誇りと情熱をもってよいのではないかと常々思っています。

清水健介

プロフィール
清水流月(本名:清水健介)

15歳で気功を学び始める。東京大学教養学部超域文化研究科を卒業後、予備校で英語講師として勤務。友人の死をきっかけに旅へ。世界を三年かけて旅行し、帰国後治療の道に入る。

整体・指圧・鍼・オステオパシーなど体の治癒力を引き出す技術を学ぶだけでなく、心理学・カウンセリング・コーチング・NLPなど心に働きかけるための学びも取り入れ、現在までで約一万人のクライアントとのセッションを経験。『どのようにしたらお客さまが、心も体も健康になるのか?』を探求しています。

ライフストーリー
少年時代から現在に至るまで

幸せな幼少期、負のパワーをガソリンがわりに生きていた少年時代。
友人の死を経て世界を旅し、現在の道に至るまで僕が「どんなことを感じて、何を考え、どのように生きてきたか」を綴っています。

  • The Power of the Dark Side-少年時代
  • 旅に目覚める 寝袋ひとつで沖縄へ
  • ネクタイは奴隷のしるし?
  • 人並みな日々-塾講師時代
  • 友人の死 世界旅行へ
  • 帰国後、この仕事を始めるまで
  • 負けん気を支えに過ごした-修行時代
  • 転機、新たなスタート
  • それから&これから

なぜ、整体を始めたのか?
見事なまでに何のプランも無かった頃

よく「なぜこの仕事を始めたのか?」を聞かれることがあります。理由は色々後付けできるのですが、本当に正直なところを言えば、なぜなのか自分でもよく分かりません。

武術や瞑想を通じて体や心の奥深さを知り、もっと追求してみたいと思ったから?
長い旅の移動で自分が腰を痛めたことがきっかけで、整体というものに触れ、もっと知ってみたいと思ったから?
何かの芸を窮めてみたいと思っていて、たまたまそこにこの道があったから?

どれも本当のことです。しかし、あの時、直接頭にあったのは、もっと単純で自分勝手な理由であったような気がします。

健康な生活を送るコツ

テーマ:山

山を歩くが好きです。昔から自然の中で遊ぶことが好きで、以前は海や島に行くことが多かったのですが、いつからかめっきり山に行くことが多くなりました。

最近では特に、荒々しい切り立った岩山や、人を寄せ付けない凛とした美しさを持つ雪山に惹かれています。

山を歩いて降りてくると、肉体的には疲れますが、しばらくの間何となくエネルギーにあふれた感じになることがあります。昔の人はきっとこれを「霊力」と呼んだのだと思います。

今風に考えてみても、山を歩くと汗をかいて体に溜まった老廃物が出ていきますし、呼吸によって綺麗な空気で肺が洗浄されます。そして山の美味しい水を頂くことで、体全体がデトックスされてパワーがでるのでしょう。

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朝日や夕日、夜空も綺麗で、山から見渡す風景や広い空、雲海など心が洗われるような美しい景色に出会うことも多く、心身のリフレッシュのためにも山歩きはオススメです。こちら(Facebook)に山の写真や旅の写真を気が向いたときにアップしていますので、お時間があればどうぞご覧になってみてください。

またこちらは全くオススメしませんが、両側が鋭く切り立ち、肩幅くらいしかない尾根を延々と歩いている時や、岩肌を四肢でよじ登っている時もたまらなく好きです。

「死」が明確に意識される状況に入ると、恐怖と興奮とともに、「生」への渇望がビリビリと湧き上がってきます。それはそれで強烈に「生きている感」があって好きなのですが、ある時更にそれを超えて、台風の目に入った様にふと心がもの凄く静かになった瞬間がありました。

一歩間違えばよくて大怪我、この手が外れればきっと死ぬだろうな、という時。恐怖や興奮を静かに受け入れ、それを超えた時。一手一手、一足一足に全ての意識と気持ちが入った時。全ての「とらわれ」から解き放たれて、体の動きや荷物の重み、呼吸や岩の感触、風や音、ただそれだけが在り、何とも言えない静けさに包まれて、ただ「登り」、ただ「歩き」、ただ「そこに在る」。そんな状態になりました。

それは決してハイな興奮した感じではなく、逆に沈んだ静けさでもなく、からっぽだけれども満たされている。というより空だからこそ満ちている。言葉にするならそんな感じでした。

「心ここに在らざれば、視れども見えず、聴けども聞こえず、食えどもその味を知らず」という言葉がありますが、あれ以来、あの瞬間の「心がここにある」静かな状態を、どの様にしたら街にいる時でも常に保てるのかな。と、そんなことを想いながら日々を過ごしています。

そんな気付きや学びを与えてくれる山は、今の僕の生活にはとても大切な存在です。

いずれは8千米を超えるところを歩いてみたいな、とも思っていますが、まず次はモンブランやマッターホルン、アイガーなど、ヨーロッパアルプスの山々を2~3週間かけて歩いてこようかと計画しています。

その時はしばらくお休みさせて頂きますが、僕にとって山歩きはとても大切なライフワークですので、どうぞご理解の程よろしくお願い致します。

人生の指針

成長・向上

命がつきるその瞬間まで向上していたい。強くありたい。賢くありたい。それに加えて優しくありたい。昨日より今日、今日より明日がよくなっていなければ、生きている意味はない。と思っています。

昔があまりにひどかっただけに、少しはマシになってきているつもりですが、目指す所は遠いかなたです。自分では気が付かないことも多いので、どうぞ皆さまご指導下さい。

やらずに後悔するよりは、
やって後悔する方がいい

初めて自分でタイに行った時に、親しくなったイギリス人の旅行者が言っていて、すごく心に残った言葉です。何かあった時はこれを思い出し、とりあえずやってきました。やってみて後悔したことは山ほどありますが、やらなくて後悔したことはあまりありません。

とにかくまずやってみる。
これからもたくさん失敗しながら学んで行きたいと思います。